10号館は非公開になっていた。生体実験が行われた場所で、色々なむごい実験が行われただろうことは想像出来るが、特にユダヤ人やジプシーといわれるロマ・シンティーなどを妊娠できないようにして、人種を絶滅させる実験がおこなわれたそうだ。もちろん、実験台にされた囚人たちはほとんど死に、生き残っても収容所開放直前に証拠隠滅のため殺され、実験を行った医師たちも同じく秘密を知る者として絞首刑で殺されたということだ。           

 11号館の中庭には死の壁と呼ばれる銃殺の壁が残されている。赤レンガのブロック塀に何かの繊維を混ぜて固めた弾力のある別の壁が作られていて、銃弾が跳ね返らないようになっている。その壁にはたくさんの花束が供えられ、忌まわしい行為の犠牲者を追悼している。  


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世界各地から見学者が絶えない(拡大)
向こうが銃殺の死の壁 左の窓には目隠しがしてある(拡大)
死の壁とそこに供えられている花(拡大)
死の壁を挟んでもう一方の棟の窓下に地下室の天窓というか換気口がある(拡大)

囚人たちの楽隊 聴いている囚人がいるがそんな余裕があるはずはないのでプロパガンダ用の写真だ(拡大)

実際の囚人たちは楽隊に鼓舞されて、死の強制労働に出かけたのだ(拡
大)
 この11号館の地下には、あの有名な聖コルベ神父が餓死刑で殺された18号地下牢がある。私がたまたま接近して大写しに取った換気口の部屋が、その地下牢だった。地下に下りて、その牢の前に立ったとき、緊張感とともに身震いが起こった。コルベ神父の話を知って、本当にこんなすごいことがあったのかと信じられなかった自分の前に、その証拠となる現場があったのだ。その天窓一つしかない牢屋は、四方の壁が黒ずんでいて全体が暗く、堪えられない空間だ。ここで14日間も水一滴も与えられず、神と人間を信じながら生き抜いた人間がいたのだ。人間の端くれでしかない自分だが、このときは目を閉じて深く頭をたれた。