莫高窟の見学は第16窟から始まったが、これが井上靖の「敦煌」という小説に書かれている、お経の巻物が無数に隠されていたという蔵経洞だった。


砂山の断崖に掘られた莫高窟の職人たちの住まいの穴(拡大)


 砂岩の壁に掘り込まれた大きな洞窟に、粘土と木と麦藁で作られ、彩色された仏像が安置され、周りの壁には全面に千人仏が描かれている。それが、4世紀から千年余りに亘って、掘られたり、修復されたりしていて、筆舌には尽くしがたい圧巻だった。


莫高窟の入口で(拡大)

 案内書を見ても写真を見ても分からない広がりと奥行きと色合いとが素晴らしく、やはり敦煌のコースに来てよかったとつくづく思った。
 30mもある大仏や、15mもある涅槃仏には圧倒されたし、石窟が作られた時代の風俗や文化が少しずつ変化しているのもおもしろく、仏像の表情の違いも何とも味わい深いものがあった。また、飛天の美しさにも心惹かれる。軽やかに羽衣を翻す天女の、流れるような艶めかしい姿態にうっとりする。

 
莫高窟の入場券の絵柄

 ペルシャやインドの影響も色濃く見られ、シルクロードの旅人たちが東西文化を融合させたその結晶の遺産だと言える。もし仏像や仏画に興味を持っている人だったら、たまらない、涙の出そうな場所だ。ただ、観光客は一切写真やビデオを撮ることが許されず、見ることのできる石窟も大小492窟もある石窟の、わずか12の窟だけだったった。中国当局が観光資源として、この莫高窟をいかに重要視しているかが伺われる。
 敦煌の町に帰り、絨毯工場の見学もした。
羊の毛を草木染めで染色し、何年もかけて織る。シルクの絨毯も売られていた。


お嫁入りの資金となる絨毯を織る人(拡大)

 町中をバスで抜けるとき、二度目の自転車での通勤ラッシュに出会った。敦煌では、朝、勤めに出て午前中働くと、一度家に帰り、昼食をとって昼寝をする。そして午後3時からの仕事のために、もう一度出勤するというのだ。


午後、二度目の通勤ラッシュ(拡大)

 敦煌博物館にも行った。敦煌の遺跡やその遺物が展示してあったが、万里の長城や狼煙台の作り方、それに狼煙の実物などが印象的だった。


中国最西端の玉門関の遺跡の写真(拡大)

 狼煙(のろし)は、昔は文字通り狼の糞を燃やしたが、それは馬やらくだの糞より、真っ直ぐに煙が上ったからだそうだ。長さ2mくらいの束ねられた狼煙が、狼煙台で燃やされて、西の果てから、東の都に、半日ほどで異変を伝えたという。


狼煙の実物 長さは2mもある(拡大)


 

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