この日はアンカラを後にボアズカレに向かう。200kmほどのドライブだ。ボアズカレではハットウシャシュとヤズルカヤという世界遺産の遺跡を見学した。ハットゥシャシュの遺跡は古代ヒッタイト帝国の首都で、頑丈な大きめの石で作られた都だったようだ。紀元前18世紀ごろの遺跡としてはとても保存状態がよい。粘土板の発見により、エジプトのラムゼス2世とヒッタイト王3世とは平和条約を結んでいたということがわかっている。

 

 今朝は大失敗からの始まりだった。昨夜の食事後に、トルコ時間がサマータイムに移行するということで、添乗員に時計を1時間進めるように言われ、実行したのはよかったが、頭の中ではサマータイムの概念が整理できていなかった。時計はそのままで、行動を1時間早く始めればわかりやすいのに、時計を1時間進めて、いつもどおりの時間に行動するというわけだ。なにかしっくり来ないままにどうも寝る前にもう1時間進めてしまったらしい。いつもより早い8:00出発と言うことで、少し早めに準備をして、スーツケースを出した。廊下は森閑としていてどの部屋からもまだスーツケースを出している気配はない。少し早めだからだろうと思ってフロントロビーまで降りて気がついた。6:40だと思っていた時間は、なんと5:40だったのだ。家内と孫になじられて、部屋に帰り、スーツケースも部屋に入れ、思いがけずできた1時間の余裕を楽しんだ。

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ハットウシャシュの遺跡は頑丈な石の遺跡だ(拡大)
平地は全て農地で住居は山にあるトルコの典型的な農村(拡大)

正面のキリストの誕生の彫刻(拡大)

 

 

ハットウシャシュの遺跡は実に広大だ(拡大)

遺跡の全てが見晴らせると言うことは要塞には都合がよい(拡大)

二重の城門にはライオンの彫像がある(拡大)

 街に下りると、ガウディーゆかりのカサ・パトリョやカサ・ミラを車窓から見て、そのあとかの有名なサグラダ・ファミりアを見学した。奇妙な形をした建物だと思っていたが、ガウディーが建て続けて、彼が亡くなった後も連綿と建設が続けられている、「聖家族」という教会だと知って、急に親しみがわいた。

3月28日(月)

アンカラ〜ボアズカレ〜カッパドキア
ヤズルカヤとは碑文のある岩場ということでエジプトの影響が見える(拡大)