ビッグベンと国会議事堂をバックにした2人(拡大)


 それからまたしばらく走って、やはりテムズ河畔のロンドン塔へ着いた。あの夏目漱石が、「御殿場の兎が、日本橋の真ん中に放り出されたようなものだ。」とロンドン留学の時のカルチャーショックを『倫敦塔』に書いているが、本当に納得できる。その名のとおり、塔の多いすばらしい建物だ。一時は監獄になっていたというのが、少し寂しい気がするが・・・。
 

 
 
ロンドン塔の一部

 このロンドン塔もテムズ川に面している。先日このテムズ川で、ディスコパーティを開いていた船が転覆して、多くの死者が出て、未だに死体があがっていない人もあるというニュースは日本でも耳にしていたが、そのテムズ川は濁流のままで、かなりの速さで流れている。そして、目の前にタワーブリッジが聳えている。そのやや上流にロンドン橋があり、こちらはがっかりするほど普通の橋だった。「ロンドンブリッジ イズ ホーリングダウン ホウリングダウン ホウリングダウン」と子供たちが歌うロンドンブリッジにしては、あまりにも目立たない感じがした。


 バスはその次、バッキンガム宮殿へと向かう。あの有名な衛兵の交代式を、今日は運良く見ることができるというので、かなり離れた場所でバスを降りて、歩いて見物に行った。ものすごい人だかりだったが、一番大きな行列の行進を宮殿の前の路上でなんとか見ることができた。

 
 
バッキンガム宮殿の衛兵の交代式(拡大)


 奇妙な帽子をかぶり、色鮮やかな服装に身を包んで、鼓笛を演奏しながら行進していく姿は、晴れやかだった。遠くから見るバッキンガム宮殿の威容さにも圧倒される感じだった。
 とは言え、花よりだんご、ということで、街の中のレストランで昼食となった。やはりパン食。メーンディシュに鯖が一尾丸ごとバター焼きにして出たのにはびっくり。素朴というか、大雑把というか、苦笑いしながら、でも、ペロリと平らげた。お腹が空いていた。


 午後は大英博物館の見学だった。莫大な展示品を見尽くすのには、何日もかかるので、絞りに絞って、目玉といわれている四つの展示を、日本語ガイドの説明を聞きながら見学した。まずナイル河口で発見されたロゼッタストーン。象形文字解読の手がかりになったという。古代エジプト語とギリシャ語の3種類の言語で同じ内容が刻まれている石で、人類の偉大な遺産のひとつだ。
 

 
  
大英博物館のロゼッタストーン(拡大)

 次はギリシアのパルテノン神殿の遺物。石柱も運ばれていて、その大理石の彫刻の美しさ、素晴らしさに見入る。そして、ローマ時代の、色の違う石を組み合わせて作られたモザイクの壁を見ながら、2階の展示室へ上がる。そこで、今日最大のショックを受けた。古代エジプトのミイラだ。それも、今から 5,000年も前の人の姿が、屈葬の形で、ほとんど完全に残っている。

 
 
大英博物館の古代エジプトのミイラ(拡大)

 何とも残念だったことは、ビデオのバッテリーが切れてしまっていて、これらが撮れなかったことだ。義貴や康二に見せてやれたらどんなにかったろうにと、悔やまれた。その分、カメラにしっかり収めた。
 その後、リーゼント通りを走って、ハノーバー広場の近くの、ハノーバーハウスという免税店に案内されたが、あまり買い物をする気はないので、添乗員に前もって許可をもらっていたとおり、そこでツアーから離れて、辰子と二人で、銀ブラというか、ロンドンブラを楽しんだ。まず、片言の英語で道を尋ねながら、オックスフォードストリートを東に歩き、Tシャツを見たり、バ ーゲンセールをひやかしたりしながら、義貴に頼まれたTシャツを買うため、彼の指定した FANS という店を探す。オックスフォードストリートを東に、ソーホー広場まで行き、それからソーホー広場を横切って南に下がる。ソーホ-広場には大勢の人が芝生に寝ころんで、裸になって日光浴を楽しんでいた。

 


 

次のページへ     前のページへ     トップページへ     INDEXpageへ