カナダ
ウィスラー・ブラッコム&バンクーバー   9日間
1994.12.21〜1994.12.29

12月21日(水) 晴れのち曇り

 朝、予定通り6:00に家を出て、順調に中国道を走り、ちょうど2時間ほどで大阪空港に着いた。駐車場も割安な個人営業の所を見つけて、1日2,500円で預けた。
 大阪から羽田へ、そして羽田から成田への移動が大変だったが、なんとかスムーズに成田空港へ着いた。しかし、成田空港の出国審査が混雑していて、長蛇の列になっていた。改めて、海外に出かける人の多さに驚きつつ、かなりの時間順番を待った。
 やがて、ノースウエスト航空の008便15:20発は予定通り成田を飛び立ち、7時間50分でシアトルに着いた。シアトルは雨模様だった。そこでアメリカへの入国手続きを済ませ、次のカナダ航空への乗り換えまで、しばらく時間があったので、空港内を散策して時間を潰した。康二も元気だし、義貴も余裕を見せているが、私たちは、21日の午後日本を発って、現地時間で同じ21日の早朝に着くという奇妙な結果に、時差ボケというのを実感した。
 シアトルからバンクーバーまでのエアーカナダ機は、38人乗りという小型機だったが、結構安定感があった。



エアーカナダ機は38人乗りの小型機だった

 バンクーバーはかなり大きな空港で、その全景を見ることはできなかった。
 バスに乗り換えて、ウィスラーまでの道すがら、森と湖と遠く雪をいただく山が美しく、カナダに来たという実感が湧いた。しかし、昨夜の睡眠不足が災いして、その行程のほとんどを眠ってしまった。
 ウィスラーは曇りだったが比較的暖かく、現地のガイドの説明を聞くのももどかしく、明日の初滑りを思い、心が躍った。明日からの義貴と康二のスキーのレンタルを手配しておいて、ホテルに入った。ウィスラー・ビレッジ・インというコンドミニアムのホテルの262号室は、広いとは言えないまでも、何とか4人が4日間、快適に過ごせそうだ。
 7時頃、夕食にイタリア料理を食べに行き、帰りにスーパーに寄って、食料品の買い出しをした。朝はコンドミニアムならではのキッチンで、好きなものを作って食べるのが楽しみだ。

 みんな疲れていて、辰子はすぐ眠り、義貴は一人で散歩に出て、私は日記を書いている。ホテルのプールとサウナで火照った体が気持ちいい。明日から思い切りスキーを楽しもう。


暖炉の上にあるトナカイの頭の剥製がカナダらしい



12月22日(木) 曇り時々雪

 目が覚めたらAM 8:00を回っていた。まだ夜が空けきっていない感じだ。暗い街路を雨がぬらしていた。初日なのであせらないことにして、朝食を作る。ベーコンエッグとあさげのみそ汁、それにレトルトの農協製のご飯を茹でて、朝食をとる。スキーの装備も4人となると結構時間がかかって、やっとスキー場に着いたのが、11:00をかなり回っていた。
 ここのスキー場は、ウィスラー・マウンテンとブラッコム・マウンテンの二つが向かい合っているので、まず初日はウィスラーへのゴンドラに乗った。
 ゴンドラの終点から約5kmほどのコースを滑って楽しんだ。途中吹雪になったりしたので、フェイスプロテクターを買ったりした。要するに覆面のできる筒になったマフラーといったものだ。これでずいぶんあたたかくなった。


            まるでギャングのような筆者(左)と康二と義貴(右)



 ウィスラー・マウンテンスキー場は、最高地点の標高が2,176mあり、滑るコースは96もある。想像を絶する広さだ。一番長く滑れるコースは8kmもある。ただ雪質が今一で、中間から上は乾いた雪で、軽快に滑れるが、下になればなるほど、べと雪で滑りにくかった。



ブラッコムMt.をバックに 左が辰子

 

 


 

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