小松徹の漢検受験記

1.漢字のこと
 
 私は漢字が好きである。その読みの多さや意味の深さや広がりには底知れぬ魅力があるからだ。読めない漢字や意味の分からない漢字に出会うと、辞書を手にしてワクワクするのである。新しい人との出会いのように・・・。
 
 私が漢字に興味を持つようになったのには、ある悔しい経験からだった。小学校の高学年のころ、課外活動で学校独自の漢字の級検定があって、私もトントン拍子に合格していって、トップクラスの何人かのうちに入っていた。最高級まで後一歩というところで私はつまずいて、何人かに先を越されてしまった。
 
 それは「第」と「弟」とを間違えたためであった。しかもその時の担当の先生は、「駄 目です。」と言って答案を返してくれるだけで、どの字が間違っているのかは教えてくれなかったのだ。また次のテストでも同じように、「駄 目です。」と言われ、3回目も同様だった。すっかり後れをとってしまって、やっと友人に指摘され、気づいたのである。

 あの悔しさは、その後の漢字の学習に大いに役立った。間違えやすいポイントを押さえること、つまり漢字を覚える要点を意識するようになったのだ。そして中学でも高校でも漢字は得意な方になっていた。小説を読むのが好きだったのも幸いしていたと思う。



2.漢字検定受験

 ある日先輩のK先生が、「本校でも漢字検定を始めようと思うが受けてみないか。」と誘ってくださった。「お願いします。」とすぐ返事をした。漢字を覚えるのは好きだし、力試しがしてみたかったからだ。

 まずは普通の高校生レベルの3級に挑戦。そして2級、準1級と進んだが、やっぱり最後の1級では2度も不合格の辛酸をなめた。対象になる漢字数約6,000字で、見も知らぬ 動植物の名前や明治時代の和漢混淆文の読みと書き取りが最高に難しかった。

 1級への3回目の挑戦には努力した。早朝から出勤までの1時間、帰宅後は夜中過ぎまで漢字一筋の3カ月を過ごした。どこへ行くにも問題集を持った。暇さえあればノートに書き付けて覚えた。練習ノートは5冊を超えた。そうしている内に模擬テストも合格点を突破するようになって、徐々に自信がついてきた。


 いよいよ検定の日、岡山まで列車で出かけた。移動時間も少しでも勉強がしたいからだ。会場に着くとすでにいっぱいに受験者が問題集に見入っている。緊張はさけられない。開始の始まる5分前でもまだ廊下でおさらいをした。テストが始まると夢中で、あっという間に時間が経つ。何とか満足に解答が書けた。見直しをする余裕もあった。

 テスト後、解答がもらえるので、帰りの列車を待つ間、喫茶店に入って自己採点をした。178点はあった。160点以上が合格なので、今回はものにしたという喜びが全身に広がる。列車の退屈な1時間あまりも、すぐに経ち、勇んで津山の駅に下りた。

3.漢字検定で学んだこと
 
 漢検1級を取得しているということで、難しい漢字についてよく質問される。「万年青」(おもと)はどう読むのか、とか、「バラ」(薔薇)と漢字で書けとかいったものから始まって、「鼠李」(くろうめもどき)の読みなどといったものまで。ところが結構答えられないことの方が多くて恥もかく。
 
 だからこそ私は、漢字検定に取り組んで得たものは大きかったと思っている。それは「自分がいかに漢字を知らないかが分かった。」ということだ。 それまでは少しは漢字を知っているように思っていたのだ。ところが漢検を受けてみて、本当に漢字を知らないということが分かってきた。だからこれからが本当の勉強かもしれないと思っている。

 特に印象に残っている言葉がある。「騏驥過隙」という四字熟語で、「孔丘盗石」も同じ意味なのだが、「騏驥の馳せて隙を過ぐるに異なるなきなり」という文章からきている。「人生というものは、塀の隙間を速い馬が一瞬の間に通 り過ぎるように、はかないものだ。」という意味である。

 春秋時代、盗石という大泥棒がいて、天下を荒らしまわっていたので、当時儒家として名を馳せていた孔子(孔丘)が盗石を説得して、悪行をやめさせると言って、盗石に会いに出かけた。盗石はそのとき泰山の南で、人間の生の肝臓を膾(なます)にして食べていた。そこで孔子は盗石に教え諭そうとしたが、盗石は孔子に対して批判して次のように言った。

 「さて俺は、貴様に言って聞かせることがある。人間の情というものが、どんなものであるかという本質についてである。いったい人間の生まれついての情というものは、目は美しい色を見たがり、耳はよい音を聞きたがる。口はうまいものを食いたがるし、心は欲を満たしたがる。これが人間の姿だ。ところが人間は長生きしても百年、中位 で八十年、早死にで六十年位しか生きられない。しかもそのうちに病気や弔い事、心配事などで心が乱れている時を差し引けば、笑っていられるのは、月の中の四、五日に過ぎない。天地は悠久なのに、人間は限られた存在である。この有限の身で、無限な天地に生きる人間の運命というものは、塀の隙間を足の速い馬が、さっと通 り抜けて行くようなもので、本当にわずかな時間だ。このわずかな、はかない人生を倫理の虜になって、自分の気持ちも満足させられず、寿命をまっとうできない奴は、真理をわきまえた人間などとは言えない。孔子よ、貴様の言うことは俺には無用だ。とっとと出て失せろ。」
 孔子は言いまくられて、顔色なく、魯の都へ帰ってきたという話である。

 私はこの言葉を知っただけではなく、その出典の話のおもしろさに感動した。はかない人生をいかに生きるか。これは人間の永遠のテーマなのだ。このような面 白い故事が無限にある漢字の世界は最高に魅力的だと思う。

 


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